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東京地方裁判所八王子支部 昭和55年(ワ)882号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

二(原告に対する暴行とそのいきさつ)

当事者間に争いのない事実(被告鈴木、同沓沢を含む被告会社福生工場所属の管理職一八名が、昭和五五年四月二一日午前七時過ころ、本件現場で行われる原告の所属するトッパン・ムーア労働組合の組合員によるビラの配布を中止させようとして右現場で待機していたところ、原告が右現場に来合わせたこと)に<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1 被告鈴木及び同沓沢を含めた被告会社福生工場の管理職一八名が昭和五五年四月二一日午前七時過ころ本件現場に参集するに至つたその趣旨・目的・そのいきさつが、被告らの主張1項記載のとおりであつたこと。

2 本件現場は、福生工場北側の一階から二階に通ずる階段を上りきつた東西約2.5メートル、南北約三メートルの矩形状の面積約7.5平方メートル足らずの場所で、東西には幅員約1.8メートルの廊下が接し、東側廊下の本件現場付近には従業員の出退勤時刻を記すタイムレコーダーが設置されていた。

3 原告は、同日午前七時四〇分過ころ、本件現場で他の組合員と共同して組合の教宣ビラを出勤してくる従業員らに配布するため本件現場に接する階段付近に至つたものであるが、約7.5平方メートル足らずの狭隘な本件現場には、当時被告鈴木、同沓沢を含めた実に一八名にものぼる被告会社福生工場の管理職のほか原告より先にビラ配布のため本件現場に順次到着した組合員加瀬道雄、小林米吉、荒田政夫の三名がすでにいて、これら組合員は本件現場に到着するそのつど一部の管理職に取り囲まれたりして、当時の本件現場は一八名にのぼる多数の管理職に規制されてビラ配布するどころか、その行動すらも制約され、くわえて双方の間にビラ配布を禁止したことや三日前に行われた組合員によるストライキの手段・方法などをめぐつて声高に非難、口論が交わされ、さらに怒声、罵声なども飛びかつて騒然たる有様であつた。

4 原告は、本件現場が右のように騒然とした状況にあるなかで本件現場に接する右階段を上りきり本件現場に至つたものであるが、その際その前方は人がようやく通れるほどの道をあけてその両側に管理職が立ち並んでいて、原告はその間を押されるようにしてタイムレコーダーの方へ行こうと二、三歩前進したところ、折柄、原告の右前方で本件現場中央よりやや階段に近いあたりにいた被告沓沢が、原告の前に右足を出しそれが原告の右足に触れ、さらに、いきなり右足で原告に足払いを掛けたため原告は不意をつかれて平衡を失い、身体を右側に回わしつつ、頭部を南側に向けた格好で仰向けに頭及び肩付近から先に同所のピータイル張りコンクリート製床(床の構造については当事者間に争いがない。)上に転倒して後頭部、頸部及び肩を右コンクリート製床に強打し、その直後、原告はやや体を起こし加減にして被告沓沢に向い同被告を指さしながら「沓沢やつたな」との趣旨の声を発したが、その後は起き上ることもできなかつた。

5 原告は直ちに救急車で東京都福生市福生一九八〇所在の目白第二病院に運ばれ、同病院において頭部外傷、頸椎挫傷、両肩打撲の診断を受けて当日(昭和五五年四月二一日)から同年五月六日まで入院し、その後も同年六月六日までの間に二回通院してそれぞれ治療を受けた。

以上のとおり認めることができる。

被告らは、原告の転倒は原告自らその右足を背後にいた被告沓沢の右足に内側からからめてあたかも被告沓沢によつて倒されたように装つて突然その場に寝ころぶようにゆつくり倒れたものであり、右行為は故意にしくまれたトリック行為である旨を主張し、<証拠>には右主張に沿う部分があり、とりわけ被告沓沢は原告から仕掛けられた直接の当事者として同旨の供述をしているが、しかし、もしそのように原告が自らの足を被告沓沢の足にからませて自ら転倒しながら、あたかもそれを同被告の所為によるかのごとく装つたとするなら、当時は救急車も来て現場は混乱し思わぬ事態に進展したことでもあるから、その罪を帰せられた被告沓沢としては原告から故意に仕掛けられた様子をつぶさに知る唯一の当事者として事の真相を直ちに上司に報告するか、同僚に話をするかして弁明に努めるのが当然であると思われるのに、同被告はこれを妨げるなんら特別の事由もないのにそのような行動に出ていないことは同被告の供述から明らかであつて、この点に関する同被告の弁解の内容はとうてい理解しがたいところであるし、また、当日の管理職会議でその旨報告を受けたとする証人岡林正則の証言も被告会社側の他の証人の証言等や本件訴訟の経過に照らしてこれを検討するとき直ちに採用するに足りない。

これを要するに、原告の転倒は原告のトリック行為であるとする被告沓沢の前掲供述はとうてい信用できないところであつて、その右供述に符合する前掲その余の証拠も単に本件現場での被告沓沢と原告の相互の位置関係とか原告の転倒の仕方が不自然であるとか、過去に原告が同様のトリック行為をしたと供述するにとどまるものであつて、これら供述によつても前記認定の事実が左右されるものではない。また、原告の受傷の点についてみても、確かに原告は入院時におけるレントゲン等の諸検査において格別異常もみられず、意識も清明であり、頸部痛、頭痛などは専ら原告の主訴に依拠したことは<証拠>によりこれを認めるに十分であるが、<証拠>によれば、入院後の原告は頸部痛に対する手当としてコルセットを頸部に施こし、体温も微熱が続き、脈拍数も不安定であつたことが明らかであるから、これらの点に照らすと、原告が転倒によつて頸部等に受傷したことは疑いを容れる余地のない事実といえるのであつて、これに反し、他覚的所見がないことの故をもつて、あたかも原告の受傷が虚偽であるかのごとく言う被告らの主張はとうてい採用できない。

その他、被告らの主張立証を本件に現われた各証拠に照らしてこれを検討しても、原告の転倒がトリック行為で、かつ受傷の事実もないとする被告ら主張の事実は是認するに足りない。

三(被告沓沢及び同鈴木の責任)

1 前記二項認定の事実によれば、原告の転倒による受傷について被告沓沢に民法第七〇九条の不法行為責任があることは明白であつて、これを否定すべき事由はない。

2 被告鈴木の本件現場における行動について、原告及び原告側の証人加瀬道雄、同小林米吉、同荒田政夫は、等しく一致して被告鈴木は原告が本件現場に到着した際、原告の背後に体を密着させて、腹で本件現場の南側の方向に原告を押し出し、原告はその力に抗しきれずにそのまま前進するに至つたとそれぞれ供述するのに対し、被告会社側の証人吉岡勇、同飯田光雄は原告側の右供述とは全く異つて、被告鈴木が原告の背後にいて原告を押し出した事実はなく、同被告は原告が本件現場に到着し転倒するまでの間は原告から離れた地点である本件現場の中央東側付近のタイムレコーダー所在場所に通ずる通路付近の壁寄りの地点にあつて組合員荒田と相対して口論していたとそれぞれ供述し、被告鈴木も同旨の供述をしていて、原告が転倒するまでの同被告の行動をめぐつての原告側と被告側の各供述内容は収拾しがたいまでに対立している。しかし本件においては全証拠を仔細に検討しても、原告が転倒するまでの間原告の背後から押してきたとする被告鈴木と原告との間に被告沓沢の場合にみられるような言葉のやりとりが交わされるなど相互の位置関係を客観的に明白にするような事実を認めることもできないし、その他原告側の前記各供述内容を客観的に支持、証明するに足りる証拠は全くない。それに、当時は狭隘な本件現場に二二名にものぼる多数の人達がひしめくように居合わせ、本件現場はかなり騒然とした状況にあつたことを考えると、被告鈴木の行動に関する原告側の前記供述をそのまま真実としてこれをとつて被告鈴木が原告の背後から原告を前方に押し出し、被告沓沢の先きに認定した原告に対する暴行と相俟つて原告をその場に転倒させたと直ちに認定するにはちゆうちよせざるを得ないものがあり、この点に関する原告の立証が十分尽されたものとはにわかに断定しがたい。

そうだとすれば、被告鈴木について同沓沢との共同不法行為者として民法第七〇九条の不法行為責任を問う原告の請求は失当というべきである。

四(被告会社の責任)

前二項掲記の当事者間に争いのない事実及び<証拠>を総合すれば、被告沓沢の原告に対する本件暴行は、被告会社管理職による組合員のビラ配布規制の過程において発生したものであるが、被告会社ではかねてより工場建物内における組合のビラ配布禁止の方針を打ち出して管理職に対し組合員に対し右禁止を遵守させるよう働きかけることを指示し、管理職も右指示に従つて日頃工場建物内においてビラ配布中の組合員に接する折には、その配布を取り止めるよう呼びかけていたことが明らかであるから、二項認定のとおり、被告沓沢を含めた管理職が当日本件現場において原告ら組合員のビラ配布を規制しようとしたその行為は、たとえそれが被告会社の指示によらず専ら管理職が自発的に行つたものであつたとしても、管理職の職務行為に属することは否定できないところであつて、被告沓沢の原告に対する本件暴行は右職務行為中になされたものというべきである。

そうすると、被告沓沢の本件暴行によつて原告が被つた損害は、民法第七一五条第一項本文にいう、被用者がその事案の執行につき第三者に加えた損害として、被告会社はその責に任ずべきであるが、被告会社はビラ配布に対する規制はあくまでも説得によることとしてその旨管理職に周知させていたので、民法第七一五条第一項但書所定の免責事由があると主張する。

しかし、ビラ配布に対する規制は、その行為の態様において現実のビラ配布行為の具体的方法、状況に多分に左右される性質のものであることにくわえ、被告沓沢佳雄本人尋問の結果によると、同被告は過去において組合員による建物内でのビラ配布の状況を目撃した経験もなく、また、現実にその規制に参加したことも皆無であつたことが明らかであるから、この事実を考えると、被告会社が説得によるビラ配布規制を方針としその旨周知に努めていたとしても、被告沓沢に対する関係においてそれが果して適切かつ十分であつたといえるか疑わしく、これを具体的に認めるに足りる証拠もない本件では、被告会社のこの点の主張は失当であつて、このことは<証拠>によつても左右されない。

(神田正夫 鈴木健嗣朗 松嶋敏明)

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